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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)4879号 判決 1984年7月24日

第七九四〇号事件原告

大嶋義男

ほか一名

第四八七九事件原告

地方公務員災害補償基金

第一二五六八号事件原告

東京都

被告

當麻和以

ほか一名

主文

一  被告當麻和以は、原告大嶋義男に対し金二七三五万八五六六円、原告大嶋とし子に対し金二二〇万円、及び右各金員に対する昭和五五年五月一三日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告當麻和以は、原告地方公務員災害補償基金に対し、金二七八〇万八一二三円及び内金二一九七万六三五二円に対する昭和五七年五月五日から、内金五八三万一七七一円に対する昭和五八年九月二一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告當麻和以は、原告東京都に対し、金一九一万九六八七円及び右金員に対する昭和五七年一〇月一六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告大東京火災海上保険株式会社は、後記(一)、(二)、(三)により算定した金員の合計額が金八〇〇〇万円に満つるまで、(一)原告大嶋義男及び原告大嶋とし子の被告當麻和以に対する本判決が確定したときは、原告大嶋義男に対し金二七三五万八五六六円、原告大嶋とし子に対し金二二〇万円、及び右各金員に対する昭和五七年五月一六日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を、(二)原告地方公務員災害補償基金の被告當麻和以に対する本判決が確定したときは、原告地方公務員災害補償基金に対し、金二七八〇八一二三万円及び内金二一九七万六三五二円に対する昭和五七年五月五日から、内金五八三万一七七一円に対する昭和五八年九月二一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を、(三)原告東京都の被告當麻和以に対する本判決が確定したときは、原告東京都に対し、金一九一万九六八七円及び右金員に対する昭和五七年一〇月一六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

五  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は、被告らの連帯負担とする。

七  この判決は、主文第一項ないし第三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(原告大嶋義男・原告大嶋とし子)

1 被告らは、連帯して、原告大嶋義男に対し金五四一一万円、原告大嶋とし子に対し、金一九八〇万円及び右各金員に対し、被告當麻和以は昭和五五年五月一三日から、被告大東京火災海上保険株式会社は昭和五七年五月一六日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

(原告地方公務員災害補償基金)

2 被告らは、各自、原告地方公務員災害補償基金に対し、金二七八〇万八一二三円及び内金二一九七万六三五二円に対する昭和五七年一月一日から、内金五八三万一七七一円に対する昭和五八年九月一九日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(原告東京都)

3 被告らは、各自、原告東京都に対し、金一九一万九六八七円及び右金員に対し、被告大東京火災海上保険株式会社は昭和五七年一〇月一四日から、被告當麻和以は昭和五七年一〇月一六日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(原告ら)

4 訴訟費用は、被告らの負担とする。

(原告ら)

5 仮執行宣言(原告大嶋義男、同大嶋とし子は、第1、4項につき、原告地方公務員災害補償基金は第2、4項につき、原告東京都は第3項につき)

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和五五年五月一三日午前五時五分頃、埼玉県浦和市上木崎四丁目八番八号先交差点(以下「本件交差点」という。)の北側横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)上において、県道柳橋大宮線を与野駅方面に向け自転車に乗つて進行中の原告大嶋義男(以下「原告義男」という。)に対して交差道路である県道川口上尾線(通称産業道路、以下「産業道路」という。)を左方から進行してきた被告當麻和以(以下「被告當麻」という。)運転の普通乗用自動車(登録番号大宮三三す六八五九、以下「加害車両」という。)が衝突し(以下右の本件横断歩道上における衝突の場所を「衝突地点」という。)、原告義男が負傷する事故(右の事故を以下「本件事故」という。)が発生した。

2  原告義男の受傷及び治療経過

原告義男は、本件事故により、頭部外傷、脳挫傷、頭蓋骨骨折、頭部挫創、左鎖骨骨折、左腓骨骨折、左膝蓋骨骨折、左大腿骨外果骨折、左動眼神経麻痺、外傷性尿道狭窄、左肩鎖関節亜脱臼硬縮の各傷害を負つた。

同人は前記傷害のため、昭和五五年五月一三日から同年一一月一二日まで高梨病院に、同年一一月一二日から同年一二月二〇日まで都立大久保病院に、同年一二月二〇日から翌五六年一〇月一二日まで都立清瀬病院に、同年一〇月一二日から同年一二月二八日まで浦和市立病院にそれぞれ入院し、以後浦和市立病院、大宮赤十字病院に通院し現在に至つている(ただし、右通院期間中の昭和五七年一一月一〇日から同年同月一六日までは川久保病院に入院した。)。

原告義男の傷害は、右の入通院治療にもかかわらず完治せず、昭和五六年一一月頃症状が固定し、同原告には体幹機能の障害による起立歩行の著しい障害、外傷性てんかん、左動眼神経麻痺、記銘力低下などの知能低下、感情失禁、視野狭窄などの後遺障害が残つたが、右の後遺障害は自動車損害賠償保険法(以下「自賠法」という。)施行令第二条別表後遺障害別等級表第一級に該当する。なお、原告義男は、右後遺障害の内容・程度から、症状固定後においても、治療が必要とされているものである。

3  責任原因

(一) 被告當麻

(1) 被告當麻は、加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づく損害賠償責任を負う。

(2) 被告當麻は、酒気を帯び、制限時速四〇キロメートルのところを時速八〇キロメートルで加害車両を運転し、本件交差点に進入するに際し、対面の赤信号を無視したうえ前方に停止中の車両があつたにもかかわらず、交差点手前三〇メートル内で走行車線を変更して対面車線に進出した過失によつて、対面青信号にしたがつて横断歩道を通行中の原告義男に衝突したのであるから、被告當麻は、民法七〇九条に基づき、同原告及び原告大嶋とし子(以下「原告とし子」という。)が被つた後記損害を賠償する責任を負う。

(二) 被告大東京火災海上保険株式会社(以下「被告会社」という。)

被告会社は、被告當麻との間に、昭和五五年五月七日、加害車両を被保険自動車として対人賠償一名につき金八〇〇〇万円を限度額とする任意の自動車保険契約(以下「本件任意保険契約」という。)を締結しているから、右金額の限度で本件事故による損害賠償額を支払う責任を負う。

4  損害

(一) 原告義男の損害

(1) 治療費 金七万四五〇〇円

原告義男は、治療費を原告地方公務員災害補償基金(以下「原告基金」という。)よりてん補されたもの以外に、わらび診療所及び大宮整腰館等に通院して針治療等を受け、金六万五五〇〇円を要し、また中島眼科に通院して眼の治療を受け、金九〇〇〇円を要した。

(2) 入院付添費 金四六万四一〇〇円

原告義男は、前記入院治療期間の一一九日間妻とし子及び娘大嶋伸子の介護を受けたが、右付添費については、原告義男が重症であることから一日あたり金三九〇〇円とするのが相当であり、右一一九日間分として、金四六万四一〇〇円を要した。

(3) 食費 金三九万三二四二円

原告義男が昭和五五年五月一三日から同五六年一二月二八日までの入院治療期間中食費として金三九万三二四二円を要した。

(4) リハビリテーシヨン機具等 金一一万一五〇〇円

原告義男の前記後遺障害による生活上の必要から、家屋内の階段の両側に手摺りを作り、また、視力が悪化したことから眼鏡一式を求め、更に歩行用機具及びリハビリテーシヨン用機具を購入し、合計金一一万一五〇〇円を要した。

(5) 交通費 金一一三万五九二二円

前記入院中付添看護にあたつた原告とし子及び娘伸子の通院交通費並びに原告義男退院時の交通費とした金一一万六八四二円を要し、また、原告義男は前記浦和市立病院を退院後昭和五八年六月末日までの通院のため、タクシーを利用し、一往復あたり金二九二〇円を要し、実通院日数三四九日間分として金一〇一万九〇八〇円を要した。右金額を合計すると、金一一三万五九二二円となる。

(6) 入院諸雑費 金六三万一五八一円

原告義男は、前記入院期間中、雑費として金六三万一五八一円を要した。

(7) 通院雑費 金九四六〇円

原告義男は、前記通院期間中、雑費として金九四六〇円を要した。

(8) 文書料 金一〇〇〇円

原告義男は、診断書料として金一〇〇〇円を要した。

(9) 介護料 金三一四二万円

原告義男の後遺症状はきわめて重く終生その介護を必要とするところ、右介護費用は一日あたり金五〇〇〇円が相当であり、原告義男は今後少なくとも、症状固定時である昭和五六年一一月における平均余命二八・一五年の生存が可能であるから、新ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、将来の介護費の現価を算定すると、次の計算式のとおり金三一四二万円(一万円未満切捨て)となる。

5,000×365×17.221=31,428,325

(10) 逸失利益 金八一四万円

原告義男は、昭和八年六月二日生の男子で本件事故当時、東京都交通局職員として、二等給二一号俸にあたる年間金七二〇万円(一日当たり金一万九七二六円)の賃金の支給を受けていたところ、本件事故により、労働能力の一〇〇パーセントを喪失したところで、原告義男は、昭和五八年九月一日から後遺症一級の傷害年金年額金六一七万四二三八円(19,726円×313日)の支給を受けるので、その差額である年間金一〇二万五七六二円の損害が発生する。そこで右金額を基礎に、原告義男の都職員としての就労可能年数を六〇歳までの一〇年として新ホフマン式計算法により昭和五八年九月一日時点における逸失利益の現価を算出すると、次の計算式のとおり金八一四万円(一万円未満切捨て)となる。

1,025,762×7.9449=8,149,576

(11) 慰謝料 金二五〇〇万円

原告義男の前記受傷の部位・程度、入通院治療期間、後遺障害の程度に照らし、同原告は多大な肉体的精神的苦痛を受けたが、その慰謝料としては、入通院分が金五〇〇万円、後遺障害分が金二〇〇〇万円、合計金二五〇〇万円が相当である。

(12) 合計

右(1)ないし(11)の金額を合計すると金六七三八万円(一万円未満切捨て)となる。

(13) 損害のてん補

原告義男は、損害のてん補として、加害車両の加入する自賠責保険から、後遺障害分として金二〇〇〇万円の支払を受けたので、これを右金額から控除すると、残額は金四七三八万円となる。

(14) 弁護士費用

原告義男は、右損害賠償金につき被告らから任意の支払を受けられないので、本訴の提起追行を弁護士である勝野義孝・吉野森三に委任し、その費用及び報酬として金六七三万円を支払うことを約した。

(15) 総計

よつて原告義男の損害は、金五四一一万円となる。

(二) 原告とし子の損害

(1) 慰謝料 金一八〇〇万円

原告とし子は、原告義男の妻であるが、本件事故による原告義男の介護のため当時勤務していた浦和電報電話局の交換手をやめ以来今日まで同原告の介護にたずさわつているが、原告義男は、幾度か前記後遺障害に伴う発作をおこし、将来における症状の回復も期待がもてず、娘と共にその行く末を案じる時の苦脳ははかりしれず、被害者死亡と同視しうべき精神的苦痛を被つた。また、被告當麻は、本件事故の態様につき法的責任を免れるため、原告の一方的過失による旨の虚偽の供述を繰り返したため、原告とし子は真実を発見するため一方ならぬ努力をしいられた。右事情によれば、原告とし子の慰謝料としては金一八〇〇万円が相当である。

(2) 弁護士費用 金一八〇万円

原告とし子は、右損害賠償金につき被告らから任意の支払を受けられないので、本訴の提起追行を弁護士である勝野義孝・吉野森三に委任し、その費用及び報酬として金一八〇万円を支払うことを約した。

(3) 合計

よつて原告とし子の損害は、金一九八〇万円となる。

(三) 原告基金の損害 金二七八〇万八一二三円

(1) 原告基金においては、本件事故は、原告義男が東京都交通局職員として、自動車の運転業務に従事するための出勤途上に発生したものであることから、これを公務上の災害と認定した。そこで原告基金は、地方公務員災害補償法二六条、二四条により、原告義男に対し、本件事故による療養補償として、別紙一(療養補償給付一覧表)記載のとおり、昭和五五年五月一九日から同五八年六月三〇日までの分合計金一八五三万五一八九円を支払つた。

(2) また原告義男は、本件事故当時、東京都より一日当たり金一万二四七二円(三等級二七号俸)の支給を受けていたが、昭和五六年三月に職員の給与に関する条例が改正され、一日平均給与額が一万二六五一円となり、これが昭和五五年四月に遡つて適用されることになつた。一方同原告は昭和五六年五月に三等級から二等級(一八号俸)に昇格し、これが昭和五五年四月に遡つて適用されたので、同人の一日の平均給与額は金一万二八一五円となつた。その結果、同人の一日の平均給与額は、本件事故当初より金一万二八一五円となつた。そこで、原告基金は、地方公務員災害補償法二八条により、原告義男に対し、本件事故発生日である昭和五五年五月一三日から昭和五八年八月三一日までの一二〇六日間の休業補償として、別紙二(休業補償給付一覧表)記載のとおり、右金額の六〇パーセントに相当する額である合計金九二七万二九三四円を補償した。

(3) よつて原告基金は同法五九条一項により、原告義男が被告當麻に対して有する右補償済額をはるかに超える額の損害賠償請求権の一部を右補償済の金二七八〇万八一二三円の限度で代位取得したものであるところ、被告當麻は無資力で、本件任意保険契約に基づく保険金支払請求権以外に見るべき資産がないため、原告基金は、代位取得した原告義男の被告當麻に対する損害賠償請求権を行使し併せて同被告に代位して被告会社に対して右同額の保険金の支払を求めうるのである。

(四) 原告東京都(以下「原告都」という。)の損害金一九一万九六八七円

(1) 原告都は、地方公営企業法(昭和二七年法律第二九二号)に基づき、業務執行権及び代表権を有する管理者を置き、独立採算制により軌道事業、自動車運送事業及び地方鉄道事業等を経営するものであり、原告義男は、原告都の経営する自動車運送事業の自動車運転手たる職員として原告都に勤務するものである。

(2) 原告都は、本件事故が、原告義男において原告都の職員としての自動車運転業務に従事するための出勤途上で発生したものであつたため、東京都交通局企業職員の公務災害補償等に伴う付加給付に関する規程(昭和四三年二月二九日交通局規程第六一号)第三条の規定に基づき、原告義男に対し、原告基金が支払をした休業補償の額の六〇分の二〇の割合による別紙三(支払付加給付金一覧表)記載のとおりの合計金一九一万九六八七円を支払つた。

(3) 原告都は、原告義男に対し右支払をなしたことから、昭和五七年九月一〇日、同原告から、同原告が被告らに対して有する金一九一万九六八七円を超える休業損害の損害賠償請求権のうち、金一九一万九六八七円につき、債権譲渡をうけ、原告義男は被告らに対し、昭和五七年九月一三日到達の内容証明郵便により右債権譲渡の通知をなした。

5  よつて

(一) 原告義男は、被告らに対し、連帯して、金五四一一万円及び右金員に対し、被告當麻は、本件事故発生日である昭和五五年五月一三日から、被告会社は訴状送達の日の翌日である昭和五七年五月一六日から各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二) 原告とし子は、被告らに対し、連帯して金一九八〇万円及び右金員に対し、被告當麻は本件事故発生日である昭和五五年五月一三日から、被告会社は、訴状送達の日の翌日である昭和五七年五月一六日から各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(三) 原告基金は、被告らに対し、連帯して、金二七八〇万八一二三円及びいずれも前記金員を原告義男に補償した日の後である、内金二一九七万六三五二円に対する昭和五七年一月一日から、内金五八三万一七七一円に対する昭和五八年九月一九日から各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(四) 原告都は、被告らに対し、各自、金一九一万九六八七円及び右金員に対し、いずれも訴状送達の日の翌日である被告会社は昭和五七年一〇月一四日から、被告當麻は昭和五七年一〇月一六日から各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)の事実は認める。

2  請求原因2(原告義男の受傷及び治療経過)の事実は不知。

3  請求原因3(一)(1)(被告當麻の運行供用者責任)のうち被告當麻が運行供用者であることは認めるが、損害賠償責任を負うことは争う。

4  請求原因3(一)(2)(被告當麻の過失責任)は否認する。

5  請求原因3(二)(保険契約)のうち原告ら主張の保険契約の存在は認めるが、損害賠償額を支払う責任を負うことは争う。

(被告会社)

原告らの被告会社に対する請求金額の元本合計は金一億〇三六三万七八一〇円となり保険限度額金八〇〇〇万円を超えるところ、右超過部分の請求は失当であり、また、自動車保険普通保険約款によれば、保険金請求権ないし直接請求権は、被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について、被保険者と損害賠償請求権者との間で、判決が確定した時から発生し、これを行使することができることになつているから、判決確定前からの遅延損害金を求めているのも失当である。

6  請求原因4(一)(原告義男の損害)の事実は不知、主張は争う。

7  請求原因4(二)(原告とし子の損害)の事実は不知、主張は争う。

8  請求原因4(三)(原告基金の損害)の事実は不知、主張は争う。

9  請求原因4(四)(原告都の損害)の事実のうち、同(1)の事実は認め、その余の事実は不知、主張は争う。

三  抗弁

2 過失相殺

被告當麻は、加害車両を運転して川口市方面から本件交差点に向けて時速七〇キロメートルの速度で走行し、右交差点手前約一二〇ないし一三〇メートルの地点で対面信号が赤の表示であるのを確認し、更に五〇メートル余進行した地点で右信号表示が青に変わるのを確認したため、そのままの速度で走行したところ、約四一メートル前方本件交差点内に、三室方面から与野駅方面に向つて自転車に乗つて横断走行してくる原告義男を発見し、危険を感じ急ブレーキの措置をとつたが間に合わず、右自転車に自車を衝突させたものであつて、原告義男には対面信号が赤を表示しているにもかかわらず、これを無視して交差点に進入した不注意があり、右不注意は損害額の算定にあたり斟酌されるべきである。

(原告義男に対し)

2 損害のてん補 金二二〇九万七八四二円

(一) 原告義男は損害のてん補として、加害車両の加入する自賠責保険から傷害分として金一二〇万円の支払を受けている。

(二) 被告當麻は、原告義男に対し、次のとおり、合計金八九万七八四二円を支払つている。

(1) 昭和五五年五月一七日 金五〇万円

(2) 昭和五五年五月二九日 金九万七八四二円

(3) 昭和五五年六月二三日 金一〇万円

(4) 昭和五五年九月九日 金一〇万円

(5) 昭和五五年一一月一一日 金一〇万円

(三) 原告義男は、原告らの自陳するとおり、自賠責保険から金二〇〇〇万円の支払を受けた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(過失相殺の主張)について

(原告ら)

原告義男が赤信号を無視したことは否認し、過失相殺の主張は争う。

2  抗弁2(損害てん補)について

(原告義男)

抗弁2(一)の事実は認める。同2(二)の事実のうち被告當麻より金七一万円の支払を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。右金員は単なる見舞金にすぎず、損害のてん補に充てられるべきではない。同2(三)の事実は認める。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

そこで、まず本件事故前後の状況及び事故の態様につき検討する。

1  本件事故に至る経緯

成立に争いのない甲A第二〇号証、乙第七号証の一及び二、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第三一号証及び証人坂本正江の証言によれば、被告當麻は、本件事故当日の午前二時すぎころ、支配人として勤務する浦和市東仲町所在のサパークラブ「マーガレツト」から、当時同店の従業員であつた坂本正江及び三輪一樹を同乗させた加害車両を運転して帰途についたこと、被告當麻は、途中午前三時前から午前四時三〇分ころまでの間、同市内の飲食店において飲食し、ビールを中ジヨツキ二杯程度飲んだ後、右加害車両を運転して右三輪及び坂本をそれぞれ自宅に送り届け、次いで産業道路を川口市方面から大宮市方面に向つて進行し、本件交差点手前にさしかかつたこと、本件事故後約二時間を経過した同日午前七時三分ころ実施された飲酒検知器による検査によると、同人は、呼気一リツトル中〇・一九ミリグラムのアルコールを体内に保有していたことがそれぞれ認められる。

ところで被告當麻の捜査官に対する供述調書(乙第一一号証及び第二三号証)、坂本正江の捜査官に対する供述調書(乙第二一号証)及び被告當麻本人尋問の結果中には、被告當麻は事故前は飲酒しておらず、飲酒は本件事故後右坂本宅に立ち寄つた際にしたものである旨の各供述記載部分ないしは供述部分があるが、前掲乙第三一号証及び証人坂本の証言によれば、これらは被告當麻のいわゆる飲酒運転を隠蔽するための虚偽の供述であることが明らかであつて、とうてい採用の限りではないから、右認定を左右するものではなく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そして前記認定のとおり、被告當麻は、事故の約二時間後にアルコールを体内に保有していたことが認められるところ、同被告において事故後に飲酒をしたことを認めるに足りる証拠はないから、被告當麻は、本件事故当時飲酒のうえ少くとも右程度のアルコールを体内に保有した状態で加害車両を運転したものと推認すべく、右認定に反する証拠はない。

一方、成立に争いのない乙第一七号証、原告とし子本人尋問の結果により成立の認められる甲A第一二号証及び原告とし子本人尋問の結果によれば、原告義男は、本件事故当日の午前五時ころ、勤務先の東京都交通局北自動車営業所に出勤すべく、自転車に乗つて自宅から与野駅方面に向け進行中本件交差点に差しかかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  事故の態様

前掲甲A第一二号証、乙第三一号証、いずれもその成立に争いのない甲A第一四号証、第一五号証の一ないし八、第一六号証、第一七号証の一及び二、乙第四号証、第五号証の一及び二、第六号証、第七号証の二、第八号証、第九号証の一及び二、第一〇号証の一及び二、第一一号証、第一二号証、第一三号証の一及び二、第一四号証、第一五号証の一及び二、第一六号証の一及び二、第一八号証の一及び二、第一九号証、第二〇号証、第二一号証、第二二号証ないし第二五号証、いずれも原告とし子本人尋問の結果により成立の認められる甲A第二三号証、第二七号証、第二八号証、第三三号証、第三四号証、いずれも弁論の全趣旨により成立の認められる甲A第二四号証、第二五号証、原告とし子本人尋問の結果及び被告當麻本人尋問の結果を総合すると以下の事実を認めることができる。

すなわち本件交差点は、川口市方向から大宮市方向に南北に通ずる車道幅員六・八メートルのほぼ直線の道路と、三室方向から与野駅方向に北北東から南南西に通ずる車道幅員六メートルの直線道路が斜めに交差する、信号機により交通整理の行われている交差点で、付近は市街地であり、川口市方向から大宮市方向に向けての前方の見とおしは良好であるが、左右の見とおし状況は人家等のため悪くなつている。そして両道路とも、片側一車線で中央線が引かれており、歩車道の区別があるアスフアルト舗装の平坦な道路であり、走行車両の速度にいては、毎時四〇キロメートル以下に規制されている。被告當麻は、加害車両を運転して産業道路を時速約八〇キロメートル以上の速度で走行中、自転車に乗つて本件横断歩道を渡ろうとしていた原告義男を前方約四一メートル先に認めて危険を感じ急制動をかけたが、加害車両は右斜め方向にスリツプしながら進んだため、本件横断歩道上の対向車線上中央線寄りの地点で加害車両右前部を原告義男運転の自転車に衝突させた。加害車両は、衝突後、更に右斜めに進行し、衝突地点から約九・三メートル先の対向車線上東寄りの地点で停車し、一方原告義男は衝突地点より約一五メートル北の対向車線上に転倒し、右自転車は、右の衝突地点より約二三・四五メートル北寄りの右産業道路東側歩道上に倒れた。

右のとおり認めることができる。

もつとも当裁判所の右の認定は、原告ら及び被告らの各主張と若干相違するところがあるので、この点について以下順次判断を示しておくこととする。

(一)  本件加害車両の速度について

被告らは、被告當麻は事故前時速七〇キロメートルで走行していた旨主張するので、まずこの点について検討する。

被告當麻の警察官に対する供述調書(乙第一一号証)には、同被告が警察官に対して、事故前時速八〇キロメートル前後は出ていたかもしれない旨供述したとの記載があり、同被告の検察官に対する供述調書には、時速七〇ないし八〇キロメートル出ていた(乙第二三号証)あるいは時速八〇キロメートル出ていた(乙第二四号証)旨の供述をしたとの記載があるほか、被告當麻本人尋問の結果中にもスピードメータを見ていたわけではないが時速七〇ないし八〇キロは出ていた旨の供述部分がある。また、前掲乙第五号証の一(事故直後の実況見分調書)、甲A第二三号証及び第二五号証によれば、本件事故当時路面は乾燥していたことが認められ(被告當麻の供述中には当時路面がぬれていた旨の部分があるが、右各証拠に照らし採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。)、前掲乙第五号証の一、二(実況見分調書及びこれに添付の交通事故現場図)によれば、本件事故直後の昭和五五年五月一三日午前六時から午前六時四〇分までの間に行われた実況見分の際には、産業道路上に本件交差点川口市寄り手前の中央線付近から本件交差点南側の横断歩道上にかけて約一〇・六五メートルの一条のスリツプ痕が、更に約数メートルの間隔をおいてその延長線上に本件交差点中央付近から本件横断歩道上をこえて、対向車線中央付近まで約二一・九五メートルにわたつて一条のスリツプ痕がそれぞれ存在していたことが認められる(右認定を左右すべき証拠はない。)。被告當麻の前記の供述及び右スリツプ痕の状況をあわせ考えると、加害車両は少なくとも時速八〇キロメートル以上で走行していたものと推認すべく、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  信号の表示について

被告らは、被告當麻は青信号で本件交差点に進入したのに対し、原告義男が対面の赤信号を無視して本件横断歩道に進入した旨主張するので、次にこの点について検討する。

前掲乙第六号証、第八号証、第一〇号証の一及び二、第一一号証、第一八号証の一及び二、第二三号証、第三一号証(被告當麻作成名義の上申書と題する書面)及び被告當麻本人尋問の結果中には、同被告は、衝突地点より約一五〇メートル手前で本件交差点の対面信号が赤を表示しているのを認め、約九四メートル手前に至つて右信号が赤から青に変つたのでそのまま進行した旨の供述記載部分ないしは供述部分がある。しかし他方、前掲甲A第一四号証、第一五号証の一ないし八、第一七号証の一及び二、乙第一六号証の一及び二によれば、本件交差点の北東に位置する二階建の家に住む中学生黒岩直子は、事故当日の午前五時ころ、「ガチヤン」という物音を聞いて窓と雨戸をあけて外を見ると、本件交差点南側に設置された産業道路の対面信号は赤色を示し、右道路と交差する道路には車両が走行していたのを現認したこと、また、浦和西警察署の警察官が、右黒岩が「ガチヤン」という音を聞いて窓の外を見るまでの時間を、同女に当時の行動を再現させたうえ計測しところ、約八秒であつたこと、そして本件交差点における産業道路の対面信号の信号周期は、赤信号が四一秒間続いた後、青信号が七二秒間続くことがそれぞれ認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで被告當麻の前記供述が正しいとするならば、当時加害車両の速度は前記認定のとおり時速八〇キロメートル以上であつたのであるから、速度計算上、同被告のいう赤信号が青信号に変つたのを見た後、事故地点まで(約九四メートル)約四秒強の時間を要するにすぎず、そうすると事故後も約六八秒間程度青信号が続くこととならざるえないところ、このようなことは、前記認定の黒岩直子が「ガチヤン」という物音を聞いて外を見ると産業道路の対面信号は赤色を示し、また、「ガチヤン」という音を聞いて外を見るまでの時間が約八秒であつたという事実とは明らかに矛盾するところであるから加害車両が本件交差点手前約九四メートルの地点を走行しているとき右信号が赤から青に変つた旨の被告當麻の前記各供述記載部分ないしは供述部分は採用することができず、他に被告當麻が青信号で本件交差点に進入したことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて右に判示したところのほか、前掲甲A第一二号証、第一六号証、第一八号証を総合すれば、被告當麻が対面の赤信号の状況下に他方原告義男は対面の青信号の状況下にそれぞれ本件交差点に進入した可能性も十分にあり得ることが認められ右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上によれば、本件事故については、少なくとも原告義男に、対面の赤信号を無視して本件横断歩道に進入した不注意があつたことを認めるに足りないものというほかなく、他に右の点を認めるべき証拠はない。

(三)  加害車両の進行経路について

原告らは、被告當麻は、前方に停止中の車両がいたため、本件交差点手前で自車車線から対向車線に進出したまま交差点に進入した旨主張するので、続いてこの点について検討する。

前記認定のとおり、本件事故現場付近には一条のスリツプ痕が残され、右スリツプ痕は加害車両の進行方向右側にスライドしているが、被告當麻は、その本人尋問中において右のスリツプ痕は加害車両の右側タイヤによるものである旨供述しているところ前掲乙第五号証の一及び二、第九号証の一及び二、第一〇号証の一及び二、第一三号証の一及び二並びに第一五号証の一及び二によれば、右スリツプ痕の終点近くでスリツプ痕の左側もしくは左前方の路面上に、その右側に比し多数のプラスチツク片が遺留されていたこと、加害車両の事故による破損部分はそのほとんどが前面中央から右側よりの部分であつて、右加害車両の前部バンパー内に設置された右側方向指示器内部の灰色プラスチツクケースは破損しその一部は失われていたが、右部分は前記事故現場に遺留されたプラスチツク片の一部と合致すること、また、右車両の前面ほぼ中央左寄りのラジエーターグリル前部に設けられた飾り二個が欠損していたが、右部分もまた、前記遺留プラスチツク片の一部と合致することがそれぞれ認められ(右認定に反する証拠はない。)、更に前掲乙第一八号証の一及び二によれば、衝突地点は、本件横断歩道上で加害車両の対向車線上の中央寄りの位置であることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実を総合すると、加害車両は同車右前部で原告義男運転の自転車をはねあげ、その際欠損したプラスチツク片がスリツプ痕終点の左側部分に多く落下したものと推認され、したがつてまた、右欠損部分及びプラスチツク片の落下地点の位置関係からして、前記スリツプ痕は右加害車両の右側タイヤによるものであると推認すべきである。もつとも原告らは、被告當麻は本件交差点に進入する以前に対向車線に進出していた旨主張し弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲A第二六号証(山口操作成の供述書)、甲A第一二号証(原告義男本人の供述録取書)及び原告とし子本人尋問の結果中には、原告らの右主張に沿う各供述記載部分ないしは供述部分がある(本件交差点手前に車両が停止していた旨の証拠としては、他に甲A第一四号証、第一七号証の一及び二((いずれも黒岩直子の供述調書))、第二七号証((町田正男作成名義の書面))中の各記載があるけれども、右はいずれも事故の音を聞いて数秒が経過した後に見たというものであつて、事故前に同所にトラツクが停車していたのを見たというものでない。)が、右甲A第二六号証の山口操の供述記載部分は、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第三二号証中の山口操の供述記載部分と対比して、たやすく採用しがたいところであるし、また、甲A第一二号証中の原告義男の供述記載部分については、同原告の供述録取書自体が事故後三年近くを経て作成されたものであつて、当該事実の内容と後記認定に係る同原告の被つた傷害の部位・程度、後遺症の状況等に照らして直ちには採用しかねるところといわざる得ない。更に原告とし子の供述部分も前記のとおり推認されることと対比して採用しがたく、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

3  事故後の状況

前掲乙第六号証、第八号証、第一一号証、第一二号証、第一九号証、第二三号証、第三一号証、証人坂本正江の証言及び被告當麻本人尋問の結果を総合すると、被告當麻は、本件事故を起こした後、その発覚を恐れ、転倒したまま身動きすらしない原告義男を救護することなく放置し、そのまま大宮方面に向つて逃走したが、途中事故当日の午前五時二〇分ころ知人の高林博美に架電して事故を知らせたところ、同人から自首方をすすめられたが、続いて前記坂本正江宅に架電したうえ、同人に対し、捜査官には、事故前被告當麻は飲酒をしておらず飲酒は事故後同人方に同被告が立ち寄つてしたものである旨の虚偽の話をするよう画策依頼した後、同日午前六時四七分ころになつて大宮警察署警察官のもとに出頭して本件事故発生の事実を述べたことが認められ、前掲乙第六号証、第七号証の二、第一一号証、第一四号証、第二一号証、第二三号証の各記載及び被告當麻本人尋問の結果中右認定に沿わない部分は、証人坂本正江の証言に照らして採用せず、他に右認定を左右すべき証拠はない。

4  原告義男の不注意の有無について

被告らは、原告義男に赤信号無視の不注意がある旨主張するが、前記認定のとおり右事実を認めるに足りる証拠はなく、また前記交差点の状況、事故の態様に鑑みれば、原告義男に不注意があつたものとは認めがたく、他に右の点を肯認するに足りる事実関係の存在を窺うべき資料はないから被告らの過失相殺の主張も理由がない。

二  請求原因2(原告義男の受傷及び治療経過)について検討する。

いずれもその成立に争いのない甲A第四号証の一ないし四、第五号証、第六号証の一ないし三、第九号証、第二九号証、第三〇号証、原告とし子本人尋問の結果により成立の認められる甲A第一二号証、弁論の全趣旨によりいずれも成立の認められる甲A第三一号証、甲B第一号証、第二号証及び原告とし子本人尋問の結果によれば、いずれも原告ら主張のとおりの受傷内容、その治療経過(ただし前掲甲A第五号証、第六号証の二及び三並びに甲B第二号証によれば、原告義男は都立清瀬病院に昭和五六年一〇月一六日まで入院し、右同日浦和市立病院に転院したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。)、症状固定日、後遺障害が残つた事実及び原告義男は症状固定後もなお治療の継続を要する状態にあることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  請求原因3(一)(1)(被告當麻の運行供用者責任)について、被告當麻が加害車両の運行供用者であることは当事者間に争いがなく、したがつて同被告は、自賠法三条に基づき本件事故により原告らが被つた後記認定の損害を賠償する責任を負う。

四  請求原因3(二)(保険契約)について、被告當麻と被告会社との間に、本件任意保険契約が締結されていたことは当事者間に争いがない。そして前掲乙第一一号証によれば、被告當麻は、本件事故当時その月収金一六万円ないし金一七万円であつて本件任意保険契約による保険金支払請求権のほか、他に見るべき資産を有しないことが認められ、右認定に反する証拠はなく、弁論の全趣旨によれば、本件任意保険契約が自動車保険普通保険約款に基づいて締結されたものであり、右約款上保険者たる被告会社は、被保険者たる加害者と交通事故による損害賠償請求権者との間の損害賠償額が本判決の確定によつて定まつた時に、保険金額の限度において、右の損害賠償額に相当する金員の支払を右の損害賠償請求権者に対してすることとされていることが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。

しがつて、被告会社は、本件任意保険契約に基づき、保険金額金八〇〇〇万円の限度において、原告基金が後記のとおり代位取得し、及び原告都が原告義男からの債権譲渡によつて取得したいずれも原告義男の被告當麻に対する損害賠償請求権の行使による被告会社に対する本訴請求に対し、並びにその余の原告らの被告会社に対するいわゆる直接請求権の行使によつてする本訴請求に対して、後記認定のとおりの各支払をする義務がある。

五  損害について判断する

1  原告義男の損害

(一)  治療費 金六万四五〇〇円

成立に争いのない甲A第三六号証、原告とし子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告義男は、治療費として、原告基金からてん補された後記認定の療養補償相当額とは別に昭和五八年二月分のわらび診療所における金八五〇〇円、同年四月の大宮治療院における金三万五〇〇〇円、同年三月の河野整形外科における金一万二〇〇〇円の各鍼治療費並びに中島眼科医院における昭和五六年一二月二八日に眼の治療を受けた費用金九〇〇〇円の各支払をしたこと及び右の鍼治療及び眼の治療は、いずれも症状固定後に受けたものであるが、原告義男の前記後遺障害の内容・程度に照らし、なお本件事故と相当因果関係のあることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右金額を合計すると金六万四五〇〇円となる。

(二)  入院付添費 金四一万六五〇〇円

前掲甲B第二号証及び原告とし子本人尋問の結果によれば、原告義男は前記各病院に入院中、介護を要する状態にあつて原告とし子及び娘の伸子が右原告義男の看護にあたつたこと、高梨病院及び清瀬病院に入院中の付添費については、既に原告基金から後記認定のとおり支払われていることが認められ、右認定に反する証拠はない。その他の病院(都立大久保病院、川久保病院・浦和市立病院)の入院日数は、前記認定のとおり、合計一一九日であり、弁論の全趣旨によれば、入院付添費としては一日あたり金三五〇〇円が相当と認められるから、右一一九日間の入院付添費は金四一万六五〇〇円となる。

(三)  食費 金三五〇〇円

原告義男は、前記入院期間中の食費金三九万三二四二円を支出した旨主張する。しかし、成立に争いのない甲第三七号証及び弁論の全趣旨によれば、原告義男は、昭和五六年一一月一〇日に浦和市立病院において、入院治療費に含まれない給食費として金三五〇〇円を支出したことが認められる(右認定に反する証拠はない。)が、右の金三五〇〇円、及び後記認定の入院雑費に含まれるものとして認められるもの以外に、原告義男が、特段の給食費を要したことを認めるに足りる証拠はない。したがつて食費としては右の金三五〇〇円のみを、本件事故と相当因果関係のある損害とするのが相当である。

(四)  リハビリテーシヨン機具等 金八万六三〇〇円

弁論の全趣旨により成立の認められた甲A第三五号証の一ないし三、原告とし子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告義男は、後遺障害による様々の生活上の不便を補うため、家屋内の手すり設置に金二万五八〇〇円を、シルバーカーの購入に金一万五八〇〇円を、座イスの購入に金三八〇〇円を、眼鏡の購入に金四万〇九〇〇円を、それぞれ要したこと及び、右金額は合計すると金八万六三〇〇円となるが、右金額は事故と相当因果関係のある損害であることを認めることができる。右認定に反する証拠はない。しかし、血圧計、聴診器の購入費金一万二〇〇〇円については本件事故との間に相当因果関係を肯認すべき事実関係を認めるに足りる証拠はない。

(五)  交通費 金一〇万四七〇〇円

原告義男の入院中付添看護にあたつた原告とし子及び娘伸子の右期間中の通院交通費及び原告義男の退院時の交通費については利用した交通機関及び付添のための通院実日数が明らかでなく、これを認めるに足りる証拠がないので、右事情は、後記原告義男の慰謝料額算定の際斟酌することとする。前掲甲B第二号証、原告とし子本人尋問の結果により成立の認められる甲A第三九号証及び原告とし子本人尋問の結果によれば、原告義男の実通院治療日数は三四九日を下らないこと、同原告は退院後の昭和五六年九月一四日には、自宅から浦和市立病院にタクシーで通院し、片道タクシー代として金一四六〇円を要したこと、また同原告は通院にタクシーのほか自家用車も利用していたこと(その各利用日数は確定し得ない。)、通院先は浦和市立病院、大宮赤十字病院及び川久保病院の三ケ所に及んでいることがそれぞれ認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定事実によれば、原告義男が右通院(原告の後遺障害に照らし、症状固定日以後の通院治療も本件事故との間に相当因果関係あるものと認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。)に交通費(タクシー代ないし自家用車のガソリン代等)を要したことは明らかであり、通院交通費として一日あたり少なくとも金三〇〇円を要したものというべく(右認定を左右すべき証拠はない。)、右は本件事故と相当因果関係があるものと認められるから、右三四九日間の通院に伴う交通費は合計金一〇万四七〇〇円となる。

(六)  入院雑費 金六〇万二〇〇〇円

前記認定の入院治療期間の六〇二日間、原告義男は、多少の食費を含む雑費として一日あたり金一〇〇〇円を要したことが認められる(右認定を左右するに足りる証拠はない。)から、右入院期間中の入院雑費は合計金六〇万二〇〇〇円となる。

(七)  通院雑費

原告が通院雑費を要したことを認めるに足りる証拠はない。

(八)  文書料 金一〇〇〇円

成立に争いのない甲A第三八号証によれば、原告義男は、文書料として浦和市立病院に対し金一〇〇〇円を支払つたことが認められ、右認定に反する証拠はい。

(九)  介護料 金一九〇三万二三二二円

前記認定に係る原告義男の重篤な後遺障害、及び原告とし子本人尋問の結果によれば、原告義男は今後も外傷性てんかん症の発作をおこすおそれのあることが認められる(右認定を左右するに足りる証拠はない。)ことに鑑みて、原告義男には終生介護が必要というべく、介護費としては一日あたり金三五〇〇円が相当である。前記認定のとおり、原告義男の症状固定日は昭和五六年一一月であり、成立に争いのない甲A第一号証によれば、原告義男は昭和八年六月二日生の男子で右症状固定時四八歳であることが認められ(右認定に反する証拠はない。)、原告の年齢・性別に対応する昭和五七年度簡易生命表の平均余命は二八・九七年であることに照らし、今後少なくとも二八年間は生存可能であると推認される(右認定に反する証拠はない。)から、ライプニツツ式計算法によつて年五分の割合による中間利息を控除し、右介護料の現価を算出すると、次の計算式のとおり、金一九〇三万二三二二円(一円未満切捨て)となる。

3,500×365×14.8981=19,032,322

(一〇) 逸失利益 金五一四万五五八六円

原告義男は、本件事故のため、後記認定に係る原告基金から支払を受けた休業補償相当額及び原告都から支払を受けた休業補償額相当のいわゆる休業損害を被つたが、更に次のいわゆる逸失利益に相当する損害を被つたものである。すなわち、原告義男が本件事故当時東京都交通局職員として勤務していたことは前記認定のとおりであり、前掲甲B第一号証によれば、原告義男は、右勤務を続けていれば昭和五八年九月一日現在平均給与日額金一万二八一五円(年収金四六七万七四七五円)の支給を受け得たものであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。また、原告義男の前記後遺障害の程度によれば、同原告は少なくとも、前同日から六〇歳まで労働能力を一〇〇パーセント喪失したものと認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。ところで地方公務員災害補償法二八条の二によれば、当該負傷が自治省令で定める第一級の廃疾等級に該当すると認定された場合には、平均給与額に三一三を乗じた額の傷病補償年金が支給されることとなる。そうすると原告義男の損害は、前記年収と右傷病補償年金との差額である金六六万六三八〇円となる(12,815×365-(12,815×313)=666,380)。右金額を基礎にライプニツツ式計算法により、年五分の割合による中間利息を控除して昭和五八年九月一日時点における右逸失利益の現価を算出すると、次の計算式のとおり、金五一四万五五八六円(一円未満切り捨て)となる。

666,380×7.7217=5,145,586

(一一) 慰謝料 金二〇〇〇万円

前記認定の事実及び弁論の全趣旨により明らかな原告義男の本件事故により被つた傷害の程度入通院治療期間及び後遺障害の内容・程度、被告らとの間の損害賠償についての交渉経緯、被告當麻の飲酒、速度違反の運転、ひき逃げという事故態様が極めて悪質であること、及び原告義男の年齢、職業、特に原告義男が前記のとおり、通院し交通費を要する症状固定日以後の通院が必要な後遺障害を負つていること等諸般の事情を総合すると、原告義男の精神的苦痛に対する慰謝料としては、金二〇〇〇万円が相当である。

(一二) 合計 金四五四五万六四〇八円

以上によれば、原告義男が被告當麻の惹起した本件事故のため被つた損害の合計額は、原告基金、同都から支払われた分を除き金四五四五万六四〇八円となる。

(一三) 損害のてん補 金二二〇九万七八四二円

(1) 抗弁2(一)(自賠責保険金一二〇万円の支払)の事実及び抗弁2(三)のとおり原告義男が、損害のてん補として加害車両の加入する自賠責保険から、後遺障害分として金二〇〇〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

(2) 被告當麻から原告義男に対し金七一万円が支払われたことは当事者間に争いがないが、原告義男は、右金員は単なる見舞金にすぎず、損害のてん補に充てられるべきではない旨主張し、またその余の金額について争いがあるのでこの点について検討する。

成立に争いのない乙第二六号証ないし第二九号証、第三〇号証の一及び被告當麻本人尋問の結果によれば、抗弁2(二)(弁済)のとおり金八九万七八四二円が被告當麻から原告義男に対して支払われていることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はないが、交通事故の加害者側から被害者側に対して金員の支払がなされた場合には特段の事情のないかぎり被害者に対する損害賠償金の支払としてなされているものと推認されるから、特段の事情を窺うべき資料のない本件における右の支払もまた、原告義男に対する損害賠償金の支払の一部としてなされたものというべく、右認定に反する証拠はない。

(3) 右(1)(2)を合計すると金二二〇九万七八四二円となる。

(一四) 前記(一二)の合計金額から(一三)のてん補額を控除すると、残額は金二三三五万八五六六円となる。

(一五) 弁護士費用 金四〇〇万円

弁論の全趣旨によれば、被告らが原告義男の損害を任意に賠償しないので、原告義男が同原告訴訟代理人らに本訴の提起追行を委任し報酬の支払を約束したことが認められる(右認定を左右すべき証拠はない。)ところ、本件事案の内容、難易、審理の経過、請求額及び認容額その他本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、原告義男が被告當麻に対し本件事故と相当因果の関係ある損害として賠償を求めうる弁護士費用は金四〇〇万円とするのが相当である。

(一六) 合計 金二七三五万八五六六円

そこで(一四)及び(一五)の各金額を合計すると金二七三五万八五六六円となる。

2  原告とし子の損害 金二二〇万円

(一)  慰謝料 金二〇〇万円

原告とし子が原告義男の妻であつて、原告義男が本件事故により前記傷害を負い、その結果重度の後遺障害が残つたことによつて、その死にも比肩すべき多大な精神的苦痛を被つたことは、前記認定の事実を総合して明らかであるとともに、今後将来にわたつても重度の後遺症の残つた夫義男と苦を共にして生きることを余儀なくされたことも疑いを容れないところであつて、右認定を左右すべき証拠はない。右事実関係のほか、前記認定の各事実から窺知できる諸般の事情を考慮すると、原告とし子の被つた右の精神的苦痛に対する慰謝料としては、金二〇〇万円が相当である。

(二)  弁護士費用 金二〇万円

弁論の全趣旨によれば、被告らが原告とし子の損害を任意に賠償しないので、原告とし子が同原告訴訟代理人らに本訴の提起追行を委任し、報酬の支払を約束したことが認められる(右認定を左右すべき証拠はない。)ところ、本件事案の内容、難易、審理の経過、請求額及び認容額その他本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、原告とし子が被告當麻に対し、本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求めうる弁護士費用は、金二〇万円とするのが相当である。

(三)  合計 金二二〇万円

以上によれば、原告とし子が被告當麻の惹起した本件事故のため被つた損害の合計額は金二二〇万円となる。

3  原告基金の代位取得額 金二七八〇万八一二三円

前記認定のとおり、原告義男は本件事故当時東京都交通局の職員で、本件事故は同人の出勤途上の事故である。また前掲甲B第一号証、第二号証及び弁論の全趣旨によれば、原告基金は、その主張するとおり、原告義男に対し、別紙一(療養補償給付一覧表)記載のとおり、原告義男が昭和五五年五月一九日から同五八年六月三〇日までの間に要した治療関係費につき、療養補償として金一八五三万五一八九円を、また別紙二(休業補償給付一覧表)記載のとおり、昭和五五年五月一三日から同五八年八月三一日までの間における原告義男の休業損害の六〇パーセントにつき休業補償として金九二七万二九三四円をそれぞれ支払つたことが認められる。右認定に反する証拠はない。

右事実によると、原告基金は、地方公務員災害補償法五九条により、原告義男の被告當麻に対する損害賠償請求権を右補償額の限度で代位取得したものというべきである。

4  原告都の譲受額 金一九一万九六八七円

請求原因(四)(1)の事実は当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲C第一号証ないし第三号証及び弁論の全趣旨によれば、原告都は、その主張するとおり、原告義男に対し、昭和五五年五月一三日から同五七年五月三一日までの間の原告義男の休業損害のうち、原告基金が原告義男に対し、補償した額の六〇分の二〇の割合の金額金一九一万九六八七円を補償したこと、及び原告義男は、原告都に対し、右同額の休業損害についての被告當麻に対する損害賠償請求権を譲渡したこと並びに原告義男から被告當麻に対する右債権譲渡の通知が昭和五七年九月一三日同被告に到達したことが認められ右認定に反する証拠はない。

六  以上の次第で、原告らの本訴各請求は、被告當麻に対し、原告大嶋義男において金二七三五万八五六六円の、同とし子において金二二〇万円の各損害賠償金及び右各金員に対する、本件事故発生の日である昭和五五年五月一三日から各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告基金において金二七八〇万八一二三円及び内金二一九七万六三五二円に対する同基金が右金員を原告義男に補償した日の後であつて、本件訴状が被告當麻に送達された日の翌日である昭和五七年五月五日(この点は記録上明らかである。)から、内金五八三万一七七一円に対する同基金が右金員を原告義男に補償した日の後であつて右金員の請求に関する同基金の準備書面が被告當麻に送達された日の翌日である昭和五八年九月二一日から各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告都において金一九一万九六八七円及び右金員に対する前記債権譲渡の通知が被告當麻に対してなされた日の後であつて本件訴状が被告當麻に送達された日の翌日である昭和五七年一〇月一六日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、また被告会社に対し、総支払額が保険金額金八〇〇〇万円に満つるまでにおいて、原告らの被告當麻に対する各本判決の確定したとき、原告義男において金二七三五万八五六六円、原告とし子において金二二〇万円、及び右各金員に対する前記昭和五五年五月一三日の後ある昭和五七年五月一六日から各支払済に至るまでの年五分の割合による金員につきその支払を求め、原告基金において金二七八〇万八一二三円及び内金二一九七万六三五二円に対する前記昭和五七年五月五日から、内金五八三万一七七一円に対する前記昭和五八年九月二一日から支払済に至るまでの年五分の割合による金員につきその支払を求め、原告都において金一九一万九六八七円及び右金員に対する前記昭和五七年一〇月一六日から支払済に至るまでの年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 仙田富士夫 松本久 古久保正人)

別紙一 療養補償給付一覧表

<省略>

別紙二 休業補償給付一覧表

<省略>

別紙三 支払付加給付金一覧表

<省略>

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